終戦記念日

毎年8月は6日の広島の原爆記念日、9日の長崎の原爆記念日、15日の終戦記念日、私の住む藤沢市では、防災無線の放送を使って、1分間の黙祷をお願いする放送が流れる。

ついさっきも15日の終戦記念日、戦争で亡くなられた人々のご冥福を・・・で黙祷をしたばかり。

最初藤沢に住んだときは、びっくりしたけど(放送)、こういうことを防災無線を使って行っている都市はほかにあるんだろうか?
始めたのは誰なのか知らないけど、私が藤沢に住んだ云十年前にもう始まっていた。

集団的自衛権と憲法の問題が今年は話題を振りまいたけど、集団的自衛権、海外派兵をできるように・・・は戦争に向かっているとしか思えない。



田原総一郎氏のブログを最近見つけて、今日はそういうテーマでの記事がアップされているので興味のある方はどうぞ。
この方も若く見えるけどもう80歳なんだ~


私の亡き父は生きていれば85歳、終戦時16歳だった。
特攻隊を美化する風潮もあるけど、父は特攻隊の訓練所で終戦を迎えた。

父は志願兵だった。

あと数日戦争が終わるのが遅かったら、たぶん特攻隊のおんぼろ飛行機で、海に散っていただろうと。

なぜ志願したのか・・・と聞いたら、食べるものがなかったからだと言っていた記憶がある。
父の生家は、山形の田舎の農家で8人兄弟の下から2番目。兄二人は戦死、戦病死で死んでいる。
終戦よりずっと前に兄二人を亡くして、それでも志願するのを、戦争を賛美したからとは思えない。

父の言うとおり、供出が激しくて、農家であっても米がなかったのだろうと思う。

父は実体験として戦争を語ることはなかったけど。
食べるものがなかったから志願した・・・・父は体が大きい、しかも16歳は食べ盛り。

志願したとか、自分の意思で行ったとか、兵隊、○○慰安婦もあるけど、そういう状況(食べるものがない、自分が戦争に行けば家族が食べれる・・・)だったことを考えずに、自分の意思で行ったんでしょ?と結論するのはおかしいような気がする。

がんで亡くなった忌野清志郎氏が、ジョンレノンのイマジンを歌って、あれから何年もたつのにまだ戦争はなくならない・・・といっていたyou tubeの動画を思い出したり




今日はそんなことを思う日
名前
URL
画像認証
削除用パスワード
by tama70125 | 2014-08-15 12:57 | その他 | Comments(0)

バッグつくりと刺繍、いろいろハンドメイド


by tama70125